「男と女」編
賑やかな街並みから少し離れて、その店はあった
古い友を懐かしむかのように、何度も男の顔を見ては
目尻に皺を寄せ、主人はその手を握った
久しぶりですね、こちらへはいつ?今回は休暇ですか?
ん?、、ああ、2日前に来たんだ、相変わらず
仕事も休息も ‘‘あって無い’’ 様なものだよ
いつも寄って頂き嬉しいですよ、どうぞいいお時間を、、
客の邪魔をせず、暫く散策させる姿勢が心地いい店である
目的もなく、立ち寄る、、という中に、何となく旅人の心が見える
と主人は言ったことがある 目で品を追いつつも、旅人の多くは
何かを捨ててきた傷を、埋めようとする心に溢れている、、
多くを見てきた主人の目には、語らずとも見えるのだろう
それで、今日のお目当ては・・・?
分かっているのに、いつもそうやって客の扱いが上手い主人が聞いた
そうだな、味気ない男の求める「温もり」と言ったところだろうか(笑)
・・・分かりました(笑)、、少しお時間を頂きます
男は、何気に口にしたものの、さして気にも留めていなかった
馴染みの骨董屋は、英国でも有名な老舗で評判だが
男が趣味として求める店ではなく、店内の落ち着きと漂う空気
そして、心を知り尽くした主人が、何よりも気に入っていた
数年前、ふらりと訪れたのをきっかけに、毎回足を運んでは
主人の目利きの良さに、まんまと買わされる・・・
勿論、お互いが気休めだとは、充分理解しての上でだ
それでも、その時間が「呼吸をしている」と思えるときでもあった
今日もまた ‘‘老いた主人を喜ばす上客になるな’’
壁に掛かった褐色のランプを眺めながら、男は少し可笑しくなった
数分が過ぎ、奥から現れた主人の手に抱かれた品を見た時
男の目は奪われ、しばし呼吸さえも忘れていた
いかがでしょうか、、あなた様のお求めではない品だと
よく分かっております ですが、趣味を越えた何かを
感じたものですから、この老いぼれの情が揺らいだと笑って頂き
あなた様の欲(ほっ)する「温もり」には、なれませんでしょうか?
男は、主人の言葉もよく聞き取らずにいた ただ、美しい
妖精の姿に見入っていた ‘‘その顔に見覚えがある’’ と
探す脳裏には、紛れもない同じ瞳が重なっていた
語ろうとする どこか哀しげな瞳
男の記憶から決して消えない瞳だった 自分が遠ざかっても
離れることなく、傍にいて支える糧であった
その距離だけが、自分を正気に保たせていたのだ
主人は、男の何も知りはしなかった だが、殻を持つ者の目を
幾人か見てきた その中でもひと際、男の哀しげな目を見ては
合う度に安心と、その変わらぬままの目に胸が軋む思いだった
お互いが沈黙し、心だけで語っていた
先に目を上げたのは、男の方だった そして言った
有難う、また寄るよ・・・その時にもう一度見せてくれないか?
主人は、黙って頷いた 言葉が出なかったとも言える
男の後ろ姿を見送りながら、主人は手の中の妖精に呟いた
‘‘おまえさんは、大した妖精だよ、私の心までも伝えたんだな’’
主人の持ってきた品は、売り物ではなかった
男は、妖精の瞳に記憶を馳せることで、主人の思いを汲み取った
貰おうと言えば、何も言わずに渡すつもりだった主人だ
「温もり」が決して満たされる品ではないのは、承知の上で
愛しい者が、本当の意味で傍に来る日を望んでいたのだ
自分のお節介さを、後ろめたく笑いつつ、物言わぬ男の哀しさと
生き様に、年甲斐もなく感情が揺れる思いの主人だった
いつまでも、ここを訪れて欲しい、、だが、反面では、真の温かさを
手に入れ訪れる事なく、安住の日をも願っていた
さっきまで降った雨に、男の歩く道が光る
冷えかかった心に 微笑みの晴れ間が差していた
By.sum